› 那覇っ子×平田大一 那覇市青少年舞台プログラム › 2007年10月
『那覇センセイション』では憎まれ役ともいえる教頭先生。
きっと、長い教師経験を経て、出世もして
次は校長だ!という段階。
教育者としてプライドと自信をもっている一方で、
考え方がこり固まり
上から目線でしかニートたちを見ることができない。
しかも、怒るとすぐに大声で怒鳴る。
でも、自分が間違っていたことに気づくと、うろたえながらも
年下とか部下とか関係なく、土下座をして謝ることもできる。わかりやすくて、結構、いい人かもしれない。
もうひとつの役、ガマに現れた日本軍兵士の少尉とは
共通する部分を持ちながらも
全く違うキャラクターに演じ分けてくれた。
楽屋では、役作りのための時間の合間に
一瞬だけ、ムーディーでキチンと笑わせてくれました。













(まだ最後の挨拶が残っていたりする…)
那覇平和芸術祭の翌日の職員室主任がオロオロしている。
「どーなってるんだ?!
朝っぱらから
電話が鳴りっぱなしだ!」
まだ誰もいない教室「責任を取る」
そう決意した玉城先生は
意を決して
辞表を教頭先生に渡す。
教頭はそれを見てうろたえる。
「玉城先生!
私が間違っていました。
このとおりです」
「実は昨日の舞台を絶賛する電話がなりっぱなしで…
私が間違っていました。」
新聞には
「那覇のニートたち
ブロードウェイに進出!」
と見出しが躍る。
「那覇センセイション、
日本の教育に一石を投じる」
そこへタクシー運転手の金城さんが
82歳のお母さんからの手紙を持ってくる
「先生に助けていただいた、この命があるうちに
私が体験したあの悪夢の日々を
先生に語り継がなければならない。
それが私にできるせめてもの
ご恩返しだと気がつきました。
先生、本当にありがとう。」
風太郎は、世界に羽ばたく前に、英語や沖縄のことを学びたいと思った。
だから、ニートを返上して、学校に戻ることに。
健吾と勇也も同じ気持ち。

それじゃぁ、踊ろうか!勇也の掛け声にみんなが賛同する。
先生たちとニートルズは「レキオの夢」を踊り、心をひとつにする。

(エンディングに続く)
那覇市内の先生たち『那覇センセイション』による
詩の朗読劇『私は1本のさとうきび』
(詩は抜粋です)
私は1本のサトウキビ
沖縄の暑い太陽の下
海を渡る風に揺れている
私は1本のサトウキビ
沖縄に生まれ育ったけれど
62年前の戦争のことは知らない
子供たちに
何を教えたらいいの
はるか遠い昔に起こった
戦争について
子供たちに
どう教えたらいいの
語る人も少なくなった
戦争について
私は1本のサトウキビ
見渡す限りの白い砂浜
どこまでも透きとおる
青い海を見ている
旧盆の公民館の広場から
青年会のエイサー太鼓が響き渡る
私は1本のサトウキビ
遠く離れた大和から
戦争という名の悪魔が忍びよってきた
私は1本のサトウキビ
ラジオが悲劇の始まりを告げる
帝国陸海軍は
米英軍と戦闘状態に入れり
40万人の住民は
島から逃げようもなく
鉄の暴風がやってきて
悲劇がはじまった

人が人でなくなる
戦争の狂気をみた
生きるか死ぬか
極限の地獄を見た
私は1本のサトウキビ
根っこの下には
多くの遺骨が寝ている
彼らが語る悲劇を聴いて
私も眠る
私は1本のサトウキビ
沖縄の暑い太陽の下
海を渡る風に揺れている
私は1本のサトウキビ
沖縄に生まれ育ったけれど
62年前の戦争のことは知らない
子供たちに
何を教えたらいいの
はるか遠い昔に起こった
戦争について
子供たちに
どう教えたらいいの
語る人も少なくなった
戦争について
(続く)
詩の朗読劇『私は1本のさとうきび』
(詩は抜粋です)
私は1本のサトウキビ沖縄の暑い太陽の下
海を渡る風に揺れている
私は1本のサトウキビ沖縄に生まれ育ったけれど
62年前の戦争のことは知らない
子供たちに何を教えたらいいの
はるか遠い昔に起こった
戦争について
子供たちにどう教えたらいいの
語る人も少なくなった
戦争について
私は1本のサトウキビ見渡す限りの白い砂浜
どこまでも透きとおる
青い海を見ている
旧盆の公民館の広場から青年会のエイサー太鼓が響き渡る
私は1本のサトウキビ遠く離れた大和から
戦争という名の悪魔が忍びよってきた
私は1本のサトウキビラジオが悲劇の始まりを告げる
帝国陸海軍は
米英軍と戦闘状態に入れり
40万人の住民は島から逃げようもなく
鉄の暴風がやってきて
悲劇がはじまった

人が人でなくなる戦争の狂気をみた
生きるか死ぬか
極限の地獄を見た
私は1本のサトウキビ根っこの下には
多くの遺骨が寝ている
彼らが語る悲劇を聴いて
私も眠る
私は1本のサトウキビ
沖縄の暑い太陽の下
海を渡る風に揺れている
私は1本のサトウキビ
沖縄に生まれ育ったけれど
62年前の戦争のことは知らない
子供たちに
何を教えたらいいの
はるか遠い昔に起こった
戦争について
子供たちに
どう教えたらいいの
語る人も少なくなった
戦争について
(続く)
那覇平和芸術祭の幕があいた。
先生たちを応援する『ニートルズ』のダンス「出発(たびだち)の朝」が始まる。




そして、次は先生たち『那覇センセイション』による詩の朗読劇『私は1本のさとうきび』
(続く)
先生たちを応援する『ニートルズ』のダンス「出発(たびだち)の朝」が始まる。




そして、次は先生たち『那覇センセイション』による詩の朗読劇『私は1本のさとうきび』
(続く)
ニートルズたちと入れ替わるようにして教室にやってきたのは、教頭先生と教務主任。新聞を手に、玉城先生に詰め寄る。
「玉城先生!これは一体、どういうことですか!」
教頭に渡された新聞には
『那覇市のニートたち、先生たちに演技指導、前代未聞の平和芸術祭』
と出ている。
「不登校の生徒に演技指導してもらうっていうのは、マズイんじゃないですか?校長先生はカンカンですよ」我が校、始まって以来の恥さらしだ
明日の平和芸術祭が終わったら
責任をとってもらいますよ
先生を辞めさせられるかもしれない玉城先生は、不安になる。
その翌日、那覇平和芸術祭の幕があいた。
玉城先生はガマでの出来事で「心のひらめき」を見つけ、サトウキビをテーマにした詩を書き、朗読劇に仕立てた。
いつものように、夏休みの那覇高校の教室で稽古している。
先生たちが詩の朗読劇を披露する「那覇平和芸術祭」は明日だ。
ニートたちの演技指導で、いつのまにか先生たちは、稽古に真剣に取り組むようになっていた。
ニートたちの指導は、あれこれ細かい注文をつけるのではなくて、見守るだけ。
玉城先生は彼らから学んだ。

急に自信をつけた玉城先生に嘉手納先生と辺野古先生はびっくり。
実はね、金城健一さんのお母さんにお会いしてきたの。
(玉城先生の回想シーン)
お母さん、私を見ると
「ああ、あなた、あの時の…」って、立ち上がったの。
62年前のことちゃんと覚えていてくれたのね。
その時、私の心がひらめいたの。
私がこの舞台をやっていいんだって。
私がやらなきゃいけないんだって。

そこへ風太郎・健吾・勇也の3人のニートが仲間たちを連れてやってくる。
「先生、舞台の演出、決まりましたよ。
僕らの仲間を紹介します。
ダンスメンバーとバンドで『ニートルズ』って名づけました。」
「私たちは那覇市内の先生の集まりだから『那覇センセイション』ですって。
ありがとう。あなたたちの指導のおかげで、明日の準備は万端よ」
すっかりお互いを信頼しあい
息があってきた先生たちとニートたち。
ところが、その時すでに
玉城先生の教師生命に関わる危機が間近にせまっていた。
(続く)
いつものように、夏休みの那覇高校の教室で稽古している。
先生たちが詩の朗読劇を披露する「那覇平和芸術祭」は明日だ。
ニートたちの演技指導で、いつのまにか先生たちは、稽古に真剣に取り組むようになっていた。
ニートたちの指導は、あれこれ細かい注文をつけるのではなくて、見守るだけ。
玉城先生は彼らから学んだ。

急に自信をつけた玉城先生に嘉手納先生と辺野古先生はびっくり。
実はね、金城健一さんのお母さんにお会いしてきたの。
(玉城先生の回想シーン)お母さん、私を見ると
「ああ、あなた、あの時の…」って、立ち上がったの。
62年前のことちゃんと覚えていてくれたのね。
その時、私の心がひらめいたの。
私がこの舞台をやっていいんだって。
私がやらなきゃいけないんだって。

そこへ風太郎・健吾・勇也の3人のニートが仲間たちを連れてやってくる。
「先生、舞台の演出、決まりましたよ。
僕らの仲間を紹介します。
ダンスメンバーとバンドで『ニートルズ』って名づけました。」
「私たちは那覇市内の先生の集まりだから『那覇センセイション』ですって。
ありがとう。あなたたちの指導のおかげで、明日の準備は万端よ」
すっかりお互いを信頼しあい息があってきた先生たちとニートたち。
ところが、その時すでに
玉城先生の教師生命に関わる危機が間近にせまっていた。
(続く)
「残り少ない鉄砲の弾で、沖縄の女子供を殺すよりアメリカ兵と戦ったほうが、お国のためになるんじゃないかしら」
兵士は、玉城先生のその言葉で意を決し、少尉を説得し、ガマを出て摩文仁岬に向かう。
命を救われたお母さんは、玉城先生に「さとうきび」を渡す。
「もう、このあたりに食べるものは何ひとつありません。
すべて焼き尽くされました。」
しばらくして、再び落雷がおこり、全員が倒れる。

目が覚めたとき、ガマの奥から修学旅行生とタクシーの運転手さんが現れる。
現代に戻ってきたのだ。


運転手さん!会いたかったよぉ~
怖がりの勇也に抱きつかれて、驚くタクシーの運転手さん。
「夢だったのかしら」とつぶやく玉城先生。
「今は夢じゃないよな」と、勇也の頬をつねって確認する健吾。
不思議な表情でガマを立ち去る修学旅行生とタクシー運転手さん。
帰り際に自分の名刺を渡していく。
「南部観光の際は、ぜひ、金城タクシーをご利用ください。」
運転手さんの名前は、ケンイチ・・・あの赤ん坊の名前。
みんな驚くが「偶然よ」「よくある名前よね~」と片付ける。
ところが、風太郎のポケットから、おあのお母さんからもらったサトウキビが出てきて…

「あれは、夢じゃなかったんだ!」
(続く)
上官の命令で「赤ん坊を殺せ」と言われたものの、兵士は、ためらいを隠せない。
「上官の命令に逆らうのか!帝国陸軍の命令だぞ。逆らえば軍法会議にかけるぞ!」
上官の罵声(ばせい)が飛ぶ。命令には逆らえない。
このままでは母親の目の前で赤ちゃんが殺されてしまう。
玉城先生は無我夢中で赤ん坊を兵士から奪い取り、体をはって赤ん坊とお母さんをかばう。
「おい、こいつも処刑しろ。反逆罪で死刑にする」
上官から銃を渡された兵士は、銃口を民間人たちに向けた。
その手は震えている。

玉城先生は、ひるむことなく叫ぶ。
赤ん坊は国の宝よ
この国の未来なの
子供は沖縄の宝物なのよ
♪ 平和への誓い 作詞/与那良満太 作曲/仲里朋大
暗い夢から覚めて 夜空の星に誓う
生きてここから 未来を歩けるのなら
あなたに語り あなたに伝えたい
戦争の愚かさを 沖縄の見たものを
焼けたウージ畑から 丘のグスクに誓う
生きてあなたと 平和に暮らせるのなら
わたしは語り わたしは伝えたい
戦争の真実を 沖縄の見たものを
あなたはわたしの命そのもの
強く生きて いつか来る平和のために
あなたはわたしの未来そのもの
希望を信じて いつか来る平和ために
(続く)
「上官の命令に逆らうのか!帝国陸軍の命令だぞ。逆らえば軍法会議にかけるぞ!」
上官の罵声(ばせい)が飛ぶ。命令には逆らえない。
このままでは母親の目の前で赤ちゃんが殺されてしまう。
玉城先生は無我夢中で赤ん坊を兵士から奪い取り、体をはって赤ん坊とお母さんをかばう。
「おい、こいつも処刑しろ。反逆罪で死刑にする」
上官から銃を渡された兵士は、銃口を民間人たちに向けた。
その手は震えている。

玉城先生は、ひるむことなく叫ぶ。
赤ん坊は国の宝よ
この国の未来なの
子供は沖縄の宝物なのよ
♪ 平和への誓い 作詞/与那良満太 作曲/仲里朋大
暗い夢から覚めて 夜空の星に誓う生きてここから 未来を歩けるのなら
あなたに語り あなたに伝えたい
戦争の愚かさを 沖縄の見たものを
焼けたウージ畑から 丘のグスクに誓う
生きてあなたと 平和に暮らせるのなら
わたしは語り わたしは伝えたい
戦争の真実を 沖縄の見たものを
あなたはわたしの命そのもの
強く生きて いつか来る平和のために
あなたはわたしの未来そのもの
希望を信じて いつか来る平和ために
(続く)
修学旅行生たちと別れ、ガマで雨宿りしていた先生たちとニートたち。
そこに落雷があり、全員が倒れてしまいます。
目が覚めたとき、そこに現れたのは日本軍兵士たち。

はじめは映画の撮影かと思っていた先生たちですが、手榴弾を渡され自決を促されビックリ!
やがて、62年前にタイムトリップしていることに気づくのです。




日本兵たちは、奥に隠れていた若い母親と赤ん坊を見つけ、泣きやまないことを理由に赤ん坊を殺そうとします。
戦局は悪化。ガマの周辺にはアメリカ軍の艦砲射撃が襲う。
生きるか死ぬかの極限状態で、人が人でなくなる戦争の狂気を見た。

玉城先生は体をはって赤ん坊とお母さんを守ろうとするが・・・
(続く)
そこに落雷があり、全員が倒れてしまいます。
目が覚めたとき、そこに現れたのは日本軍兵士たち。

はじめは映画の撮影かと思っていた先生たちですが、手榴弾を渡され自決を促されビックリ!
やがて、62年前にタイムトリップしていることに気づくのです。




日本兵たちは、奥に隠れていた若い母親と赤ん坊を見つけ、泣きやまないことを理由に赤ん坊を殺そうとします。
戦局は悪化。ガマの周辺にはアメリカ軍の艦砲射撃が襲う。
生きるか死ぬかの極限状態で、人が人でなくなる戦争の狂気を見た。

玉城先生は体をはって赤ん坊とお母さんを守ろうとするが・・・
(続く)
先生の「あなたたち、何ができるの?」という言葉にムカッとしてニートたちはオリジナルの新作ダンスを披露。カッコよく決めました!



ニートたちを見直した先生たちだったけど、「戦争」をテーマにした詩の舞台朗読をすると伝えたとたん、ニートたちは「暗い」とか「若い世代に伝えるなんてムリ」といいだしたので、再び、交渉決裂。
最終的には演出家のゴヤさんからの「ダンスがうまいってだけじゃ、この世界は生き残れない」という言葉をきっかけに、ニートたちは頭を下げて、先生たちの朗読劇を手伝うことになりました。
そして、心のひらめきを求めて、ガマを訪れた先生たちとニートたち。
そこで修学旅行生と南部観光のタクシー運転手さんと出会います。




タクシーの運転手 金城健一さんが
自身の戦争体験をみんなに語ってくれました。
私は、まだ赤ん坊だったそうです。
傷だらけの母が、必死に私を抱いて
ここに逃げ込みました。
私が泣きやまないので、中にいた日本兵が
「泣き止まないなら殺せ」と母に迫ったそうです。
その時、女先生が体を張って
私の命を助けてくれたそうです。
私の命の恩人です。
母は、82歳になった今でも
当時のことは思い出したくないと言っています。
(さらに続く)



ニートたちを見直した先生たちだったけど、「戦争」をテーマにした詩の舞台朗読をすると伝えたとたん、ニートたちは「暗い」とか「若い世代に伝えるなんてムリ」といいだしたので、再び、交渉決裂。
最終的には演出家のゴヤさんからの「ダンスがうまいってだけじゃ、この世界は生き残れない」という言葉をきっかけに、ニートたちは頭を下げて、先生たちの朗読劇を手伝うことになりました。
そして、心のひらめきを求めて、ガマを訪れた先生たちとニートたち。
そこで修学旅行生と南部観光のタクシー運転手さんと出会います。




タクシーの運転手 金城健一さんが自身の戦争体験をみんなに語ってくれました。
私は、まだ赤ん坊だったそうです。
傷だらけの母が、必死に私を抱いて
ここに逃げ込みました。
私が泣きやまないので、中にいた日本兵が
「泣き止まないなら殺せ」と母に迫ったそうです。
その時、女先生が体を張って
私の命を助けてくれたそうです。
私の命の恩人です。
母は、82歳になった今でも
当時のことは思い出したくないと言っています。
(さらに続く)
戦争を伝え、平和を訴える詩の朗読劇に今ひとつ、自信がもてない玉城先生。「戦争を知らない私たちが
戦争を語り
戦争を知らない私たちが
平和を語る。
そんな大事なことが
ちゃんと伝えられるのかって。」
そこにやってきたのは玉城先生の上司たち。
畑仕事で不発弾を掘ってしまい、足をけがした教頭先生と
教頭のゴキゲンをとってばかりのイヤミな教務主任。

「演技指導のスペシャリストは来れなくなったけど、劇団の成長株のメンバーがかわりに来てくれることになった」
そこに現れたのは挙動不振の若者たち。どうみても那覇高生ではない。
彼らが代理で来た演技指導の先生で、しかも不登校のニートであることが判明。
「NEET」=「Not in Employment,Education or Training」
直訳すると 「就業、就学、職業訓練のいずれもしていない人」


いぶかる先生たちと、その空気を読んで悪態をつくニートたち。
まさに、一即触発。
嘉手納先生「ニートたちが私たちに演技指導?冗談でしょう?!あなたたち、何ができるの?」
先生に言われて「かっちん」「こっちん」「ぷっちん」とキレてしまったニートたち、先生たちの前で踊りだします。
(またまた続く)
ダンスに興じる若者たち。


リーダーの風太郎のケータイに電話がかかってくる。
相手が尊敬する劇団の演出家・ゴヤさんだとわかると
同じくリーダー格の強面(こわもて)の健吾と、オタクの勇也がケータイをかわるがわる奪いとる。


ゴヤさんのかわりに、那覇高校に行ってほしいと言われる。
練習を終わらせて、3人は学校に向かう。
-------------------------------------------------------
那覇高校の放課後の教室。詩の朗読劇の練習をしている先生たち。



いつも物事を深く捉える玉城先生 楽天的で怒りっぽい嘉手納先生 いつも前向きな辺野古先生
演技指導に来るというスペシャリストを楽しみに待っていた。
(続く)


リーダーの風太郎のケータイに電話がかかってくる。
相手が尊敬する劇団の演出家・ゴヤさんだとわかると
同じくリーダー格の強面(こわもて)の健吾と、オタクの勇也がケータイをかわるがわる奪いとる。


ゴヤさんのかわりに、那覇高校に行ってほしいと言われる。
練習を終わらせて、3人は学校に向かう。
-------------------------------------------------------
那覇高校の放課後の教室。詩の朗読劇の練習をしている先生たち。



いつも物事を深く捉える玉城先生 楽天的で怒りっぽい嘉手納先生 いつも前向きな辺野古先生
演技指導に来るというスペシャリストを楽しみに待っていた。
(続く)
10/25(木) 平日にもかかわらず、パレット市民劇場には、たくさんの方々にお越しいただきました。
会場はメンバーたちのダンスや演技を見守り、期待する温かい雰囲気の中、昨年11月の初演時を上回る完成度で公演することができました。

「戦争を知らない世代が、次の世代に戦争を伝えていく」
学校でも家庭でも直面している、この現実を改めて考えさせられる舞台でした。

エンディングの曲、舞台と同名の『那覇センセイション』では、平和を謳歌する若者たちのエネルギーを感じました。

詳しい公演のレポートは追ってご報告します。
今しばらく、お待ちください。
取り急ぎ、ご来場、ありがとうございました。
前評判どおり満席となり、会場に入りきれなかった皆様にはお詫び申し上げます。
そして『那覇青少年舞台プログラム』の皆さん!
感動をありがとう。あなたたちと出会えたことが、とっても嬉しいです。
感謝!
会場はメンバーたちのダンスや演技を見守り、期待する温かい雰囲気の中、昨年11月の初演時を上回る完成度で公演することができました。

「戦争を知らない世代が、次の世代に戦争を伝えていく」
学校でも家庭でも直面している、この現実を改めて考えさせられる舞台でした。

エンディングの曲、舞台と同名の『那覇センセイション』では、平和を謳歌する若者たちのエネルギーを感じました。

詳しい公演のレポートは追ってご報告します。
今しばらく、お待ちください。
取り急ぎ、ご来場、ありがとうございました。
前評判どおり満席となり、会場に入りきれなかった皆様にはお詫び申し上げます。
そして『那覇青少年舞台プログラム』の皆さん!
感動をありがとう。あなたたちと出会えたことが、とっても嬉しいです。
感謝!
那覇平和芸術祭2007参加作品『那覇センセイション』
パレット市民劇場
10月25日(木) 開場18:30 開演19:00
日本で地上戦を経験した唯一の県・沖縄。
私たちの経験は、平和な未来に役立つ貴重なもの。
戦争から62年を経て、薄れていく記憶をたどり、平和についてもう一度、考えてみましょう。
子供たちにどう伝えたらいいの?
語る人もすくなくなった戦争について。



本日は開演と同時に満席なる恐れがあります。
必ず観たい方は、早めのご来場をオススメします。
パレット市民劇場
10月25日(木) 開場18:30 開演19:00
日本で地上戦を経験した唯一の県・沖縄。
私たちの経験は、平和な未来に役立つ貴重なもの。
戦争から62年を経て、薄れていく記憶をたどり、平和についてもう一度、考えてみましょう。
子供たちにどう伝えたらいいの?
語る人もすくなくなった戦争について。



本日は開演と同時に満席なる恐れがあります。
必ず観たい方は、早めのご来場をオススメします。
★82歳のおばあちゃん(照屋理子)
戦争の時に、赤ん坊を抱えて戦火を逃れた経験を持つおばあちゃん。
他の家族も家も失い、つらい記憶を胸に秘め、必死で生きてきました。
すっかり年老いて歩けなくなっていたおばあちゃんは、62年前の命の恩人と再開することで、自分の使命を見つけ、生きる意欲が湧き上がります。
『那覇センセイション』は、このおばあちゃんの人生でもあるのです。
★勇也クン(城間一輝(もとき))先生たちの演技指導にやってくる3人のニートたちのひとり、勇也クン。
彼はいわゆるオタク。弱々しい印象ですが、ニートルズのリーダー格としての地位をキープ。
演劇やダンスの世界に居場所と自信を見つけ、イキイキと踊ります。
みんなで作り上げたオタク・ファッションにも注目!

『燃ゆる首里城』には、様々なタイプの母親が登場しました。岡山釜千紘さんが演じたのは、尚真王の母「ウキヤカ」。自分の息子を王にするために、暗躍したとされる人物。岡山さんは、感情の起伏が激しいウキヤカを、見事に演じました。
演出助手として、ほかの役者の演技指導もこなす頼れるメンバーです。
●『那覇センセイション』は3回目の公演ですが、今までとの違いはありますか?初回と2回目は同じ配役でやりましたが、今回の3回目は配役が大きく変わりました。
新しい『那覇センセイション』のカタチとして、お客さんに観てほしいと思います。
●『那覇センセイション』が発信するメッセージって何だと思いますか?
教科書検定についても問題になっているし、今、平和や戦争について考えていく絶好の機会だと思います。『那覇センセイション』を観て、何か感じてほしい、という思いで演じています。
『那覇センセイション』での岡山さんの役どころは、先生たちの朗読劇チームのリーダーのひとり、嘉手納先生。実は彼女だけ、初演から同じ役を担当しています。でも、彼女の持っている表現力には、まだまだ余力がありそう…。役者:岡山千紘 または 演出家:岡山千紘 のこれからが楽しみです。

那覇市青少年舞台プログラムは、那覇市文化振興課によって運営されています。
その担当者が野底武光サン。この人がタダものではなくて、ハワイ公演なども精力的にこなす「那覇太鼓」の会長でもあります。
いつもは那覇市側の立場で、時には那覇太鼓・会長の特権を行使して、応援してくれる便りになる人です。
●今回の『那覇センセイション』は、「那覇平和芸術祭」の一環としての公演になるそうですが、どのようないきさつなんですか?
「那覇平和芸術祭」は今年で6年目になります。私が関わったのは第4回からで、当時、ジャズフェスティバルの開催だけだったのですが、もっと平和色の強いものをと要望がありました。当時、那覇教育委員会にいた仲盛先生に相談したところ、先生方による朗読劇「なは・せんせいション」を開催することになりました。その時の演出は私が担当しました。
その舞台を見ていたのが、脚本家の与那良満太さんで、この話をアレンジして密かに「沖縄文学賞」の戯曲部門に応募していたようです。ちょうどその頃、平田大一さんが那覇市の芸術監督に任命されたこともあって、翌年は、急きょ、平田さんの演出で舞台発表することに。平田さんは「沖縄文学賞 戯曲部門」の審査員でしたから、目に留まった満太さんの脚本を持ってきたんです。
昨年の11月には、平田さんの演出で「那覇センセイション」の初演が実現しました。
●なんだか不思議な話ですね。今回は「地雷犠牲者救済募金」を実施するそうですが、どこに寄付するのですか?
那覇平和芸術祭は中高生による「ジャズフェスティバル」と「那覇センセイション」の2本立てで実施しています。自分たちが(平和を発信する)活動をすることで、誰かを助けることができるのならという想いで、今年からはじめます。
集まった寄付金は、「ジャズフェスティバル」と「那覇センセイション」の代表を連れて、赤十字社に寄付しに行きます。
●那覇市青少年舞台プログラムで、子供たちの成長は感じますか?歌ったり、踊ったりだけではなく、仲間を作ったり、社会のルールを知るのも、すごくいい経験だと思います。厳しい世界ですから、叱られることも、多々あるでしょう。今の子供たちは叱られるとすごくへこんでしまうそうですが、ここには愛情を持って叱ってくれる大人がたくさんいるので、叱られてもへこたれない人に育つんじゃないでしょうか。
●野底さんは那覇市職員として、つまりは仕事で那覇っ子たちに関わっていますが、プライベートでは「那覇太鼓」の会長もされてますよね。何を目指していますか?
自分としては、常に子供たちに関わっていきたいですね。その点では、仕事もライフワークも、すごく充実しています。ゆくゆくはメンバーたちが、ここで得たことを糧として、自立していく応援をしていきたいです。

子供たちを見守る野底さんは決して威張らず、その視線は、いつも温かく、ときには厳しいことも言ってくれます。
那覇太鼓の舞台では、オープニングアクトとして起用していただいたり、『燃える首里城』では那覇太鼓をゲストとして出演していただいたりと、別の意味でお世話にもなっています。前向きに生きる大人たちに支えられ、成長していく子供たちは、きっと自分たちの将来を夢見ることができるでしょう。
子供たちは大人の生き様を見ています。
タグ :野底武光

仲里朋大(トモヒロ)サンは、8月に公演した『現代版組踊 燃ゆる首里城』に引き続き、明日の『那覇センセイション』でも音楽監督を担当していただいてます。今回は、那覇センセイションのために、脚本家の与那良満太さんが書き下ろした歌詞に、トモヒロさんが曲をつけ、2曲の新曲が生まれました。
●今回の舞台『那覇センセイション』では、バンドに新メンバーが3人加わりましたが、いかがですか?ボーカル/ギター:玉那覇サトシ、キーボード:大島明香利、ボーカル:小渡明加音。
この3人が参加することをふまえて、今回の新曲『那覇センセイション』と『平和への祈り』を作りました。
3人ともバンド初心者なんですが、観客にはそんなの関係ないので、初めてとは思わせないように仕上げるつもりです。
●アップテンポな『那覇センセイション』は、みんな楽しそうに踊っていますね。今回舞台で踊るのは60人くらいですが、100人でも200人でも躍らせることのできる曲と演奏を目指してますから。
●バラードの『平和への祈り』はしっとりとしたメッセージ性の強い曲ですね。
満太さんの歌詞がすごくいいので、言葉を伝えることを大切にしました。
今風のアレンジは抑えて、語りかけるように、あえて単調にしています。
●泣かせる曲ですね。
実は、泣かせる曲は、ピアノのテクニックなども重要になってきます。
そのあたりは、明香利サンに頑張ってもらっています。
●バンド以外のメンバーも含めて、彼らの変化を感じることってありますか?
リーダーズたちが苦戦しながらも、大勢のメンバーたちをまとめようと頑張っています。
自分のことで「いっぱい・いっぱい」なときでも、周りに気を配っていますよ。
以前は、楽しそうな雰囲気だけで「なぁなぁ」な感じがしているときもあったので、僕からも注意したことがあります。
今は楽しくやる時と、厳しいことを言う時と、メリハリがついてきました。
一番成長しているのは、リーダーズだと思います。
自身も、平田大一演出『肝高の阿麻和利』で役者の経験もあるトモヒロさん。
音楽監督:松永太郎のもと、レキオスバンドへの参加を経て、現在、音楽監督を務めるまでになりました。
音楽や舞台表現に対する真摯(しんし)な想いは、メンバーたちにしっかりと伝わっています。
オリジナル曲は那覇っ子たちの宝物。素敵な曲をありがとう!





日本の地域ブログ大集合!津々浦々の美味い・楽しいがここに!